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映画「運び屋」
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Spoiler Alert!
運び屋 ☆☆☆☆/☆☆☆☆☆
最近は監督業ばかりが目立つクリント・イーストウッドが、自作では10年ぶりに主演も果たしたという2018年のアメリカ映画です
メキシコからの大量のコカインをシカゴまで運ぶという凄腕の「運び屋」が、捕らえてみれば、実は朝鮮戦争への従軍経験を持つ(=いわゆる退役軍人)90歳の爺さん・アールだった、という話です。なんでも、ニューヨークタイムズに載った類似事件の記事を元に着想したオリジナルストーリーだそうです
原題は「The Mule」です。日本語にすると「頑固者」って感じでしょうか?毎度のことですが、邦題は、確かにそういう話ではあるですけど、原題に込められている作品のエスプリ部分については完全に見過ごしているような気がしますがねぇ……
トウトツですが、実は、アメリカには1973年まで徴兵制があったんですね
wikiによると、同年1月のベトナム戦争の和平成立時に廃止された、とあります。1975年3月には選抜徴兵登録制も廃止されたけれども、1980年7月に選抜徴兵法が制定され、選抜徴兵登録が復活した、そうです
選抜徴兵登録とは、18~25歳のアメリカ国民と永住外国人の男性に連邦選抜徴兵登録庁に登録する制度だそうです。まあ、要するに、現在のアメリカ軍は志願制、ってことです
なんでこんな話をしているか、というと、アメリカにおける「退役軍人」というのは、そりゃあもう、一大勢力なわけですよ。政治的力も大いに持つ。これは、日本において自衛隊経験者が選挙に出る……なんつーのとはワケが違うんですな
これまたwiki情報ですが、アメリカ軍の軍人・兵士は、第二次世界大戦中の1945年には、合衆国全体の人口の8.6%で、就業者人口においては18.6%も占めていたそうです。単純に計算すると、当時、アメリカ人が10人居れば、だいたい1人は軍人・兵士で、働いている人の5人に1人は、だいたい軍人・兵士だった、ってことですね
これが本編の主人公でもあるアールが従軍した
朝鮮戦争時(1952年のデータ)では
人口の2.3%、就業人口の6%
ベトナム戦争(1968年)では
人口の1.8%、就業人口の4.6%
アフガン・イラク戦争(2006年)では
人口の0.5%、就業人口の1.0%です
年々比率が下がってきているとはいうもの、依然、結構な数字ですね
そういうわけで、アメリカ合衆国における「退役軍人」は2016年の退役軍人省(そういう省庁がアメリカにはあるんですね……我らが自衛隊とはエラい違いだなぁ……)のデータによると2040万人にものぼるそうです
この年のアメリカの人口は3億2300万人なので、なんと、全人口の6%は「元軍人」ということになります。退役軍人なので、基本的に全員が成人しており、当然のように有権者です……
これだけの票数だもの!その「ロビー」力といったら、まさに、おしてシルベスタ・スタローンですな
ちなみに我がJSDF・自衛隊は、2019年の隊員数が22万6500人で、同年の日本の人口(1億2600万人)における割合は0.001%!じゃあまあ、退職自衛官の数がどれぐらいいるかというと……年間に8500人ぐらい退職している、というのはすぐにわかったのですが、自衛隊の発足からこれまでに、一体、何人の元自衛官がいたのか、というデータはすぐに見つかりませんでした
まあ、建前になっているとはいえ、日本国憲法第9条には……
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
と書かれているわけですから、戦後の日本にとって、「軍人・兵士」が遠い存在であった、というのは、先の大戦における多大な犠牲者数と、その揚げ句の「敗戦」から考えれば、当たり前のことなんですな
まあ、そういうわけでアメリカ人にとっては身近な存在である「退役軍人」も、日本人にとっては、「元自衛官」はおろか、現役自衛官ですら、かなり遠い存在である、ってことですね……
例えば東北地方や九州地方は、首都圏など都市部に比べれば、身近な自衛隊員率がかなり高い地域ではありますが、アタクシの実家(福島県内)周辺では、「元」も含めた自衛官は1人もいませんでしたなぁ……
自衛隊が国民にとって、特に、ぐんと身近になったのは、東日本大震災における「災害派遣」以降じゃないでしょうか?
大地震や台風といった自然災害の現場で、自衛隊が、物資を運んだり、行方不明者の捜索をしたりする「災害派遣」は、自衛隊法第83条に規定された、自衛隊の大事な仕事です。2011年の東日本大震災では、大地震と大津波に襲われた東北地方の太平洋沿岸各地に自衛隊員が、全部で174日間、延べ1058万人(1日の最大では10万7千人)が派遣され、19286人を救助し(救助者の約7割に相当)、9505体の遺体を収容し(全体の約6割)、5,005,484食の給食支援をしたそうです(防衛省、国会図書館)
おっと、JSDFの話じゃなかったですな
話をアメリカの「退役軍人」に戻しますが……まあ、とにかく、アメリカはそれだけ「軍事国家」である、ということなんですけどね。本編でも、アールの車に……ナンバープレートの枠だったかに記憶するのですが……「退役軍人」であることが表示されているシーンがあったり、厨房が火事になって閉鎖するしかなくなっていた「退役軍人クラブ」ですかね?そこの再開のために、アールがポンとカネを出す場面があります
アメリカにおける「退役軍人」の社会邸位置づけや評価がわからないと、あのシーンが、「単なる設定の表示」や「単なる人助け」に見えてしまうかもしれませんね
……
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……
クリント・イーストウッドは1930年5月31日生まれなので、このブログを書いている時点で89歳です。今回の役の設定も同じような年齢なので、はたしてアレは演技なのか、あるいはリアルにそうなのかはわからないのですが、「年寄り」の悲哀めいた様々な姿・カタチを実に細かく描いています。細かくしか歩けないとか、やや震えるようにしている(パーキンソン?)姿とか
スマホが使えない、メールが打てない、インターネットは何モノだ??と、さながら、吉幾三の「オラ東京さ行くだ」の高齢者バージョンのようではありますが、時代の急激な変化とITの進化が、確実に、なんらかの「価値」を失わせしめてきたということを、重みを失い、ふわふわ・よたよたと歩くアールの姿が教えてくれます
実際、アールが「運び屋」を始めるきっかけとなったのも、デイリリー(ユリの仲間)を育てていた農場が「インターネット販売にやられ」、差し押さえられ、行き場を失い、孫娘の家を訪問した際に、麻薬組織に関わりのある男と知り合ったことから、ですから
「オレはオレだ。文句あっか?」と言わんばかりに家長的な「男」を振りかざし、家族を顧みず、好き勝手に生きてきた……とされるアール
90歳にもなり、家族との齟齬・不和、老い、孤独、無職、住む家がない……
年を取ると、おそらくは誰もが直面する様々な問題に次々とぶつかります
しかしながら、「レディファースト」は知っていても「ジェンダー」なんて単語は聞いたこともなく、黒人を当たり前のように「二グロ」と呼んでしまうアールには、今さら自分の生き方を変えるなんてことは、当然のようにできません
ところが「現代社会」というモノは、その変化が早すぎて、時には、自分が自分であることを保つためにこそ、好むと好まざるとにかかわらず、自分自身を何かしら変えていかなければならないこともある……そんな、大いなる矛盾をはらんで流れていきます
そして、「老い」とは、「熟成していく」という良いことばかりではなく、昨日まで出来たことが出来なくなることでもあり、ある意味、とっても残酷です。しかもそれは、生きてる限り、逃れようがない
ましてや、本作の原題でもある「The Mule」には、今の自分が立っている、昨日まで積み上げてきた所の足元を掘り返す……なんてことは簡単に出来ません。いまさら自分を変えるられるか?いまさら自分とは違う何かを受け入れることが出来るか?
変われる、変われない、受け入れられる、受け入れられないに関係なく、生きてる以上、人生のイベントは次々と続きます
自らの「老い」とどう向き合って行くのか?
これは、誰にとっても正解のない問いですね
アタクシはこの映画を通じて、とりわけ、イーストウッドが演じるアールの熟しきった姿に、まあ、アタクシ自身はとても90歳までは保たないとは思いますが、今後、どんな顔をして、その「老いた自分」という未来に向き合えばいいのか?そんなことを思わず考え込んでしまいましたね
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