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へっへっへっへ、踊ってやがるぜ、このフルーツサンド!

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最近、何故かフルーツサンドです 別段、そんなに好きだったワケじゃないんです…… いや、むしろ「サンドイッチ」としては「邪道」扱いしてましたな 積極的に買ったり、食べたりしたことはなかったですね、はい だって…… やたらと甘い・フルーツが美味しくない・パンがもそもそ…… いわゆる「銀座の高級店」のを頂いたこともありますが 別段、美味いと思ったことはなかったですね~ ふ~~~ん それでお終いでした ところが 「コレ」 を知ってからは まあ、 ハマってます ね。しっかりと そう、山形県は遊佐町にある 「グリーンストア」 というスーパーの フルーツサンド これが…… うまいっ!うまいっ!うまいっ!と 真っ赤な煉獄さんが真っ青になる (鬼滅ネタ、引っ張るな~~) (ま、間もなく「遊郭編」スタートだしなーー) しかしながら、そんなにそんなに毎日頂いているなわけではないっす 程度、ってものがありますからね ほいで、考えてみました なんだみて(←どうして)、 グリーンストアのフルーツサンド は うまいっ!うまいっ!うまいっ!うまいっ! ……なのか その1)フルーツがうまいっ! コレですよ、コレ。何よりも大事なコレ もちろん、後(うしろ)までフルーツがびっしり、という ボリューム感・コスパの凄まじさもありますけど とにかく、フルーツそのものがうまいっ! その2)生クリームがうまいっ! 甘ったるくなく、かといって、口のなかでモワっともせず フルーツを上品に包み込み、しかも足を引っ張らず その3)パンがうまいっ! たっぷりのフルーツと生クリームを挟み込む このパンがまた、いいんですわ パサパサもしてなければ おりゃーー、パンを食うんだーーーっ! そんな威圧感もない 口の中でフルーツとクリームとパンが 歓喜のスクエア・ダンスを踊ります …… …… …… ……って誉めすぎか? いやいや、そんなことはないですら 次はアナタが是非、現地で! まだまだ、しばらくはハマりそうです ↓こないなのに参加してます↓ 行きがけの駄賃にポチッとしていただまますと 想定外によろこんだりします 是非、よろしくです #フルーツサンド #遊佐町 #鳥海山 #遊佐町のフルーツサンド #グリーンストア #暴虐のフルーツサンド #フルーツ入れ過ぎ #ニッポンクオリティー #食べれば納得 #山形県 #山形県はフルーツ王国 #

映画「散歩する侵略者」

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散歩する侵略者 ☆☆/☆☆☆☆☆ 2017年公開の作品です。もともとは、「劇団イキウメ」というところの舞台作品だったようですね.見終わってから知ったのですが、「なるほど、どうりで」って感じでしたね 話は……宇宙人が、地球を侵略しようと、何故か日本にやってきます。この辺は、怪獣ドラマと一緒です。何故か日本が、日本だけが、標的になります(笑) 宇宙人たちは、まず、人間から「概念」を奪います。「概念」を奪い、獲得することで、人類(人間)がナンであるかを理解し、来たるべき「地球侵略」のためのバックデータにしようというわけです 本編の主人公は、加瀬鳴海(かせ・なるみ=長澤まさみ)という、おそらく、フリーのイラストレーター・デザイナーです(←仕事の受注で、露骨にセクハラされてるシーンとかがありますから、たぶん、立場の弱いフリーなんでしょう)。 夫の加瀬真治(かせ・しんじ=松田龍平)は、どうやら不倫をしているようなのですが……それは鳴海も知っているようです で、その真治が突然、記憶障害(同時に運動障害もある模様)で運ばれたと聞き、鳴海は病院に行きます。すると真治は、まるで別人のようになっていて、しかも、真っ直ぐ歩けなかったり……アタマだけでなく、カラダにも問題が発生しているようにも見えます 鳴海はもちろん、いきなり別人になったかのような真治に、「ふざけないで」と怒ります。まあ、当然ですね そんな鳴海に、真治は、実は、自分は宇宙人で、真治のアタマから何らかの「概念」を奪った上に、カラダに憑依している、と説明します。そして、地球侵略のためには、より多くの「概念」の収集が必要だと言います。そして、その収集活動を行うための案内人・「ガイド」を鳴海に求めます。 同じころ、街の別な場所では「一家バラバラ殺人事件」が発生し、ルポライターの桜井(長谷川博巳)は、その現場で、ナゾの青年・天野(高杉真宙)に会います 天野は桜井に、自分は宇宙人で地球を侵略するためにきた。自分は侵略のために「概念」を集めており、桜井には自分をその「概念」のある場所まで導いてくれる「ガイドになって欲しい」といいます。宇宙人は3人居て、その1人が、バラバラ殺人事件で、重要参考人となっている女子高生・立花あきら(恒松祐里)であるらしく、桜井は不審に思いながらも、仕事のネタになるかもしれないと思い、天野と行動を共にします……

映画「天地明察」

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天地明察 ☆☆☆/☆☆☆☆☆ 2012年に岡田准一主演、滝田洋二郎監督で作られた映画ですね。沖方丁作の同名の時代小説が原作となってます 時代は江戸時代。どうやら四代将軍・徳川家綱の時代のようです。一介の棋士であるにもかかわらず将軍後見役で会津藩主・保科正之に目を掛けられた安井算哲(岡田准一)は、星の動きや数学(和算)にも興味津々。ひょんなことから、「暦のズレ」をなくすべく、観測と計算に没頭する……ってな話です それにしても、岡田准一くんは年に何本映画に出てるんでしょうねぇ。時代劇から未来劇まで、殺し屋から特攻隊員まで……まさに、役所広司(やくどころひろし)とは、彼のためにある名前ですね~ さて、この映画のころ……江戸時代初期の日本には、まだコペルニクスの「地動説」は伝わっていません。おそらくは平板な大地の上を、星や太陽、月が、ある程度の周期をもって運行している……まあ、中国から来た暦もあったでしょうからね……そんな「天動説」をベースに、緻密な天体観測と、それからくる計算だけで正確な暦を作りだそうとした……って、日本人、なんとも物好きで、かつ、とてつもなくスケールのデカい話ですね 現代の我々からすれば、閏年があるのも当たり前なら、蝕(日食でも月食でも)は、次に、いつ、どこで発生するかまでを正確に予測することできますが、このころは、地球が太陽の廻りを回っている……という基本的なことすら知識としてなかった。なのに計算して、推測して、それを当てようという…… 何がすごいかって、地球だの星だの、基本となるデータが全部そろってて計算するんじゃないですよ(笑)太陽や星や月が、大地の周りを回っている……という、そもそもが「間違った前提」からやってるわけですから(笑) ナニがどうすれば、それがわかるのか?映画を観ていても、そこいらの理屈は、さっぱりわかりませんでしたね~。まあ、それは仕方ないでしょ。だって数学どころか算数すらも得意じゃないし~、そもそも第二種文系だし~(※) とにかく、トンでもない人たちが居た、ってことですねぇ…… ホント、最近ではインチキの誉れ高い「江戸仕種」とやらをありがたがるぐらいなら、この「未知なるもの」に、観測と計算という、科学的視点で挑んだ、そんな頭脳たちがいた、ってことに関心を持って、かつ、学んでいただきたいものですね 映画で驚いたのが、「神社に計算の問

暑くていろいろ息苦しかった夏も終わり……

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▼夜中に目が覚めた。まあ、これ自体はそれほど珍しいことではない。最近はとにかく眠りが浅い。丸2日でも寝てることは可能だが、睡眠継続時間は長くて4時間だ。それぐらいを過ぎると一度目を覚ましてしまう。短い時は2時間で起きてしまう。やれやれだ。 ▼2~4時間で目を覚ましてしまう理由はトイレだ。尿意で目が覚める。まあ、覚めないで、幼少時以来の「布団に地図描き」をするよりは何倍もいい話だが、どうにも、こう短くては、じっくり「寝たなぁ……」という気にはならない。 ▼さらに、「眠りの質」を悪くしているのが「鼻づまり」だ。アレルギー持ちなのだな。とにかく鼻は四六時中詰まっている。息が吸えない、息が吐けない……こんな苦しさで目を覚ますこともある。「息が出来ない、死ぬかも」と思って起きる……。まさに悪夢だ。 ▼人間ドックで内視鏡は鼻から入れている。というのも、この鼻づまりもあり、口から入れられると「口呼吸」が出来ず、どうしようもなく苦しいからだ。狭い喉を、いろんなものもが行ったり来たりする。唾液やらが気管に入り込んで、それはもう大変だ。 ▼鼻から入れるから楽かとおもいき、そうではなかった。この内視鏡検査の過程でわかったことだが、どうやら「鼻の穴が狭い」のだそうだ。アレルギーで内壁が腫れている、とかだけはなく、「元々の鼻の穴が狭い」らしい。そういうことがあるのだな。不思議だ ▼ただでさえ狭い上に、アレルギーで腫れたり、肥満もこれありで、さらに狭くなっているそうだ。とにかく鼻の通りが「すーすー」と「快通」していることが極めてレアな生活だ。確かに口でも呼吸は出来るが、こうなるとナンのために付いてるのかもわからない。 ▼いつごろからこうなってしまったのかはわからないが、歳をとるほど、酷くなっている気はする。1日の7割ぐらいは口呼吸になってるのではなかろうか?口も渇き、当然のように唾液が少なくなれば、口内の「掃除」もままならず、口臭も気になる。 ▼加齢も病気も体質も、結局のところ、自分の中でうまく「折り合い」をつけていくしかないのだ。体質改善やらに時間をかけてもいいが、「落としどころ」の見極めは大事だろう。人は永遠の時間を持っているわけではない。あれも、これも、とはいかないのだ。 ▼有限であればこそ、優先順位と見極めが大事になる。明日は来るかも知れないが、人生は今この瞬間にも終わるかもしれないの