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マンガ「応天の門」が面白い!(ver.2)

 人間、何か困った時に「神頼み」をするのは、洋の東西を問わないようですね


しかしながら、東洋にせよ西洋にせよ、日本人ほど片っ端から「神頼み」する民族(←ざっとした意味での「民族」という話です。どちららかというと民俗学的意味ですね。単一民族であるとないとか、そういう括りではありません。念のため)もいないのでは?と思いますね。まあ、でも仕方ありません。日本には、信仰の対象となる神様が、なんと800万(八百万・やおよろず)もいますからね

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Spoiler Alert!

トウトツですが、菅原道真(すがわら・の・みちざね=承和12年6月25日/845年8月1日~延喜3年2月25日/903年3月26日)と言う人は、wikiなどによると、平安時代の貴族で、学者にして政治家、詩人と多彩な人だったようですが、後世の我々にとっては……

学問の神様

として有名ですね。太宰府天満宮とか北野天満宮……全国にある「天満宮」「天神様」は、菅原道真を神様として祀ってます。神様の名前としては、「天満大自在天神」というヤツです、はい

では、どうして、道真が「学問の神様」になったのか、というと……

菅原道真は、元々は平安時代の貴族・政治家です。宇多天皇に仕え、最終的には右大臣まで出世したのですから、さぞかし優秀だったのでしょう。しかし、57歳の時に謀反の疑いをかけられ失脚。太宰府(現在の福岡県太宰府市付近)に流され、そこで2年後、59歳で客死します。道真は死ぬまで無実を訴えていたそうです

そして、道真の死後、都では、次々と異変が発生します。道真を失脚させたとされる藤原一族が次々と夭逝したり、事故死したり、さらには内裏に雷が落ちて、死傷者が出たり、天皇までも崩御したり……。まあ、悪いことのオンパレードとなったわけです。そこで都の人たちは考えたわけですね

これは菅原道真の祟りに違いない!

そこで道真は、神社に神様として祀られてることになり、その後も、正一位左大臣やら太政大臣が贈られます。もちろん死んだ後なので、実効性は何もありませんがね。とにかく、この世の栄華を与えることで、祟りを鎮めて欲しい、と願ったのでしょうなぁ

いつの時代も同じですが、とかく人は、自分の価値基準で他人を判断しがちです。道真を失脚・追放した藤原一族にとっては、官位とか神格化というもの、つまり「権威」や「肩書」のは至高の価値のことだったのでしょうね

死んだ後で、名誉が回復されたと言っても、本人が生き返れるわけじゃなし。実権の伴わない官位など、いくらでも呉れることが出来るわけですから、この「天満大自在天神」などという大仰な神様は、なんとも、勝手な理屈で誕生した神様であります。神格化したところで、どうせ神様の扱い的には「八百万分の一」ですから

しかしながら、当時の人たちも、その後の人たちも、道真という人が余程怖かったのでしょう。何故ならば、道真については、様々な、いろいろな伝説が残されていますから

有名処では、「京都の庭に植えられた梅が、流された先の太宰府まで飛んできた」だとか、「いろはにほへと」(←居酒屋じゃないよ)の「いろは歌」に、「咎なくて死す(とがなくてしす=罪もないのに死なねばならない)」などという暗号メッセージを仕込んだとか、悪魔払いの神事をして人々を襲う蜂を鳥で退治したのだとか……まあ、「ダヴィンチ・コード」やら、ヒッチコックの映画のネタのような、そんな話が満載です

道真という人は、政治家や詩人など、マルチな才能があっただけでなく、それをまた、いっぱい記録していた人のようなんですね。実際に道真が書いたモノ=原本がどの程度現存するのかは知りませんが、死後も含め、ある一定の時間は、そういったモノや、そういったものの存在を伝える話が残されていたんでしょうね

それゆえ、伝説には、いろいろ尾ひれがついて、後世の伝奇作家たちの執筆意欲をかき立てる結果になったのでしょう
で、本日の本題がこちら!マンガの「応天の門」です

アタクシは最近、マンガはネットのマンガサイトで、だいたいは無料で=ごめんなさいっ!=読んでいるのですが、たまたま見つけたのがこの作品で、まぁ、「すげー面白れ~~」とハマっているのですわ

この漫画の主人公は、この↑右側の「リヴァイ兵長」のような顔をしたヤツです。実は「菅原道真」でして、左側の男はなんと、在原兼平(ありわら・の・なりひら)です。共に、平安時代に実在した人物です

そう、この漫画の時代設定は「平安時代」なんです!

これまで「平安時代」を舞台にした漫画なんてあったかしらん???って感じです 

←いや、もちろん、いろいろありましたよ。大和和紀の「源氏物語 あさきゆめみし」とか、確か手塚治虫作品にも「鬼丸大将」とか遣唐使だのを扱ったのもあったはずなので

しかし、今回の「応天の門」の面白さは、菅原道真という、平安時代に実在し、何より現代では「学問の神様」にまで成り果ててる人物の、しかも、若い頃をその舞台としていることです

内容も、純文学やコメディ、バトルものではなくミステリー仕立て!都に起きる奇っ怪な事件を、本の虫・道真と、ひたすら女ったらしの業平がコンビを組んで解決していきます

大人気マンガ「鬼滅の刃」にも通じる話ですが……

マンガの時代設定って大事です

「鬼滅」は、鬼相手というバトルもので、本来なら荒唐無稽そのものなのですが、物語を「大正時代」という、非常に中途半端な時代に設定したことで、その荒唐無稽さも、それなりにリアル感をもって、うまく落とし込むことができたように思います

この作品では、それが「平安時代」というわけですね

平安時代というのは、まさに古代から中世へと時代が移っていたころであります

日本の文化が、それまでの中国伝来主体のものから、ぐっと、国産にシフトしていった時代とも言えるでしょう。で、「平安絵巻」などとも言われるように、その後の日本の基礎・基盤ともいえるような独自文化が育てられていきました

考えようによっては、いわゆる、現代において「日本的なもの」とされるものは、この時代=平安時代に端を発する、と言ってもいいのではないか、と思いますね

そんな中で、この「応天の門」は、誰でも知ってるけど、詳しくは知らなくて、それでいて、本当にどうだったのかは、誰もわからない世界=平安時代を自由闊達に描いています

登場人物たちの言動は、懐かしいようでもあり、斬新でもあります

平安時代には平安時代を表すキーワードがありますが……例えば、貴族とか藤原家とか牛車とか和歌とか……、そのキーワードの本質的な韻さえ踏んでいれば、マンガでどんな世界を描こうと、どんな人間関係を描こうと、自由なわけです

何故ならば、「本当にどうだったか」は、誰も知らない世界なんですから

このマンガの面白さは、そんな「本当にどうだったかは誰も知らない」平安の世を、現存するキーワードを巧みに組み合わせ、さも見て来たかのような、あるいは、これがさも真実であったかのような物語として描いているところでしょう

マンガの末尾に当時の解説などが書かれているのも、そんな虚構が、さも現実であったかのような錯覚を引き起こすための小道具にさえ見えてくるから不思議です

そして、このマンガ=「応天の門」を読んだ人たちのおそらく大部分はみんな、これからも続くであろうその長い人生において、仮に「菅原道真」という名前を聞いたとすれば、その都度その都度、アタマの中で、この「リヴァイ兵長」のような「菅原道真」像を思い出すことになるんでしょうね……

ナンとも恐ろしい作品です(笑)

というわけで、別段、密林にはナンの恩義はありませんが、読んでみたい方はこちらへ。ネットでいいじゃん、と言う方は、これまたナンの関係もありませんが、こちら、とか、こちらへ

【初出:2020年8月26日】
改めて最近、またこのマンガを読む機会があったのですが……やっぱ、相当に面白いねw

平安時代版・金田一少年というか、コナンというか……(←ザ・グレート、とかのコナンじゃないよw)。話としては、怪奇現象=「ものの怪」がやたらと登場するのですが……

で、時代的には、「加持祈禱」でしか対処・対応が出来ない。このマンガに登場する道真は、冷徹な現実観察の人……まあ、「科学の人」と言ってもいいですね……で、事件を次々と解決していきます。もちろん、マンガだから可能なんですけどね

と、いうのも、時代の文化的背景を無視しての「新しい思想」というのは、なかなかに生まれないもんですから

人は生まれながらにして自由ではありますが、自由を言う概念は、不自由と経験してこそ導き出されるものであるという、そんな時代的な積み重ねこそが、思想の確立には必要であるからです

そんな意味では、果たして、菅原道真が「天才」であったとしても、平安時代に、「事象を詳細に観察し、客観的事実にたどり着く」という思想を持ち得たかどうか?

無粋といえばそれまでですが、そないなコトを考えてしまうわけでありますよw


徒然なるまんまみ~あでその日暮らし
ふぐりに向いて
ココロにうつりゆくロクでもないことを
底浅く書き綴れば
あやしうヤツこそ
もの欲しグルメ

いにしへ人に曰く
事実は東スポよりも奇なり
人生は糾えるチョコレートボックスの如し、と……




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